たったの120年
戦後生まれの方が後期高齢者になり、亡くなる方も増えてきました。
いわゆる「団塊」と言われる世代。
日本の歴史において、戦火で暮らすことなく、
戦地に赴くことなく、赴く可能性が極めて低い状態で
人生を全うした久々の世代になります。
1894年の日清戦争からはじまり
1945年のポツダム宣言に至るまで
戦地に赴く可能性が極めて高く、戦火で暮らした時期もあった半世紀でした。
この51年のどこにも引っかからなかった久々の世代。
いつぶりということになるでしょうか。
徴兵令が1873年に発せられているので、
1872年に一生を終えている人以来。
江戸末期を生きた人たち以来、150年ぶりの快挙です。
この快挙が今後も更新されることを希望します。
平成初期、国民的な人気を得た双子のおばあちゃん
「きんさん・ぎんさん」は1892年生まれでした。
私が子どもの頃、まだ明治生まれの人はいました。
私の祖父・祖母は大正生まれですが、
その祖父・祖母が子どもだった時の
おじいちゃんおばあちゃんは、江戸末期から明治初期生まれ。
そう考えると150年前というのは
想像できないほど遠い過去ではありません。
「久々の」という表現がぴったりではないでしょうか。
選択的夫婦別姓実現と、ジェンダー平等を推進する一般社団法人あすには代表理事
井田菜穂さんによると
夫婦同姓の義務付けの廃止を求める動きはおよそ40年前からあるにもかかわらず、
いまだ実現していない。夫婦同姓は、明治31年からおよそ50年間にわたり民法で
採用された『家制度』の名残り。日本では結婚改姓の文化はそもそもなかった。
家制度制定と同時期にドイツから輸入したのが夫婦同姓。
戸主と呼ばれる家の統率者に嫁いだ女性は改姓し、その家の戸籍に登録され、
財産権も子の親権も、離婚を願い出る権利すら持てず、
統率者家族の生活様式に従属することが強いられた。
憲法24条では『個人の尊厳と両性の本質的平等』が定められたが
『伝統』や『慣習』という体のいい言葉で支配され、
夫婦がお互いの生来姓を名乗ることが阻止されているのが今の日本。
およそ120年もの間、『伝統的な家族像』という呪縛で望まない改姓を強いられるのは、
多くが女性。
120年前からはじまった、海外由来の50年間の民法。
にもかかわらず、まるで「伝統」のように鎮座する「夫婦同姓」。
「リアルタイムで来るメールを紹介するのがラジオの醍醐味」
というような声を最初に聴いたのはいつだろう。
「いやいや、それはここ20数年の話!
リアルタイムの声を拾うだけがラジオじゃないから」
「リアルタイムの声ばっかり紹介してたら
事前に送っておいて、放送中は仕事している人の声は
反映されないんですよ?
誰でもいつでも送れるコーナー、置きましょうよ」
という声がまったく通らなくなって久しい。
たった四半世紀で、ラジオの現場ですら
「伝統のようなもの」は醸成されてしまう。
「法律で120年」ともなると
「立派な伝統」扱いになってしまうわけだ。
伝統は「なぜ?」「なんのために?」
という問いに答えてくれないことがある。
由来と意味と、現在の見解を
きちんと話してくれるものもあるが、
「そういうものだから」で押し切られることもしばしばだ。
「そういうことなんでお引き取りください」という顔には
「今まで通りじゃないと、よくわからないから困るんだよ」
と書いてある。
「今まで通りじゃないと、よくわからない」
これは日常にも潜んでいる。
「日々、感性をアップデートしないとね!」とは言わないが
「今まで通りじゃないと、よくわからない」に
自分が飲み込まれていないか、常にチェックしていたい。
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