30年後の世界
YouTubeで毎週火曜日に生配信している番組
「ドカトントン」の中で
「30年という月日」を実感してもらうために
いくつか例をあげました。
自分の中では
「東京タワー竣工」(1958年)
「東京ドーム開場」(1988年)
この例がもっとも響くかな?と思ったのですが
リアルタイムのコメントを見る限りはそうでもありませんでした。
映画「三丁目の夕日」の舞台である昭和33年・1958年と
バブル景気真っ只中の昭和63年・1988年。
どちらも今もなお「東京の象徴」でありながら、
「作られた環境があまりにも違い過ぎる」ところから
「たった30年でこうも違う」をもっとも感じてもらえる例と
思ったのですが、響かない。
それは当たり前のことかもしれません。
1988年ですら38年前。30年以上前のこと。
私は東京ドームの完成した年に
少年野球の開会式でドームのグラウンドに降りた経験があります。
当時、他にはなかった「東京ドームの先進性」を体験した。
そして、私の両親は1950年・52年生まれ。
親の子どもの頃の話は、まさに東京タワーが出来たころのこと。
それゆえ私は「1958→1988」の変化を
うっすらと感じられる世代と言えるかもしれません。
今40歳前後の人は東京ドームができた時の衝撃を知らない。
親と東京タワーが同い年、もしくは東京タワーより若いかもしれない。
となると、実感のわきずらいたとえだったのかもしれません。
しかし「実感がわきずらい」からこそどうにか伝えたいのです。
25年から30年という時の流れは、あらゆるものが変化させる。
ある年にガラッと変わるのではなく、アハ体験のように変わる。
「今年、○○によって世界が変わる!」
という惹句・キャッチフレーズはどの時代にも存在して、
実際はそんなに大げさには変わらない。
ジワジワと、ゆっくりと、しかし確実に変化する。
街の開発が進み、建物が解体、新しい建物を建て始め、
その工事が終わるころ
「去年、ここに何があったっけ?」
と思い出せなくなっている自分がいます。
まさにそんな感じで、ゆっくりと環境が変わり始め、
1年、2年経った時、「少し前の当たり前」が思い出せなくなっている。
それを繰り返し、30年という時が流れた時、
自分は1歩も動いていないのに、まったく違う土地にいるような状況が生まれる。
10~15年あたりで「おや?」と思うことは確実に起きている。
ただし、それまでのノウハウとノリでどうにか乗り越えられる。
20~25年あたりで、そうはいかなくなる。
これが2001年から放送作家の仕事を続けてきた人間の実感です。
企業活動は地続きなので、同じくらいの年数働いてきた方なら
どの職業でも似たような実感を持っていると思います。
同世代や上の世代の人には「自分も同じですよ!」と伝えたい。
若い世代の人には「自分のようになるなよ!」と伝えたい。
このレターで書いていきたいことのひとつです。
1972年に「新日本プロレス」が設立され、
その30年後の2002年には
札幌大会のリング上で「猪木問答」。
いわゆる「新日本プロレス暗黒時代」に突入する。
こんな感じで、それぞれの得意ジャンルで
「30年」を体感できるエポックを見つけられると思います。
ぜひ、その声をコメント欄や「ドカドンドン」へのメールで
お知らせください。
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