30年後の世界

あさってのことわかるかい?
ミラッキ 2026.01.29
誰でも

YouTubeで毎週火曜日に生配信している番組

「ドカトントン」の中で

「30年という月日」を実感してもらうために

いくつか例をあげました。

自分の中では

「東京タワー竣工」(1958年)

「東京ドーム開場」(1988年)

この例がもっとも響くかな?と思ったのですが

リアルタイムのコメントを見る限りはそうでもありませんでした。

映画「三丁目の夕日」の舞台である昭和33年・1958年と

バブル景気真っ只中の昭和63年・1988年。

どちらも今もなお「東京の象徴」でありながら、

「作られた環境があまりにも違い過ぎる」ところから

「たった30年でこうも違う」をもっとも感じてもらえる例と

思ったのですが、響かない。

それは当たり前のことかもしれません。

1988年ですら38年前。30年以上前のこと。

私は東京ドームの完成した年に

少年野球の開会式でドームのグラウンドに降りた経験があります。

当時、他にはなかった「東京ドームの先進性」を体験した。

そして、私の両親は1950年・52年生まれ。

親の子どもの頃の話は、まさに東京タワーが出来たころのこと。

それゆえ私は「1958→1988」の変化を

うっすらと感じられる世代と言えるかもしれません。

今40歳前後の人は東京ドームができた時の衝撃を知らない。

親と東京タワーが同い年、もしくは東京タワーより若いかもしれない。

となると、実感のわきずらいたとえだったのかもしれません。

しかし「実感がわきずらい」からこそどうにか伝えたいのです。

25年から30年という時の流れは、あらゆるものが変化させる。

ある年にガラッと変わるのではなく、アハ体験のように変わる。

「今年、○○によって世界が変わる!」

という惹句・キャッチフレーズはどの時代にも存在して、

実際はそんなに大げさには変わらない。

ジワジワと、ゆっくりと、しかし確実に変化する。

街の開発が進み、建物が解体、新しい建物を建て始め、

その工事が終わるころ

「去年、ここに何があったっけ?」

と思い出せなくなっている自分がいます。

まさにそんな感じで、ゆっくりと環境が変わり始め、

1年、2年経った時、「少し前の当たり前」が思い出せなくなっている。

それを繰り返し、30年という時が流れた時、

自分は1歩も動いていないのに、まったく違う土地にいるような状況が生まれる。

10~15年あたりで「おや?」と思うことは確実に起きている。

ただし、それまでのノウハウとノリでどうにか乗り越えられる。

20~25年あたりで、そうはいかなくなる。

これが2001年から放送作家の仕事を続けてきた人間の実感です。

企業活動は地続きなので、同じくらいの年数働いてきた方なら

どの職業でも似たような実感を持っていると思います。

同世代や上の世代の人には「自分も同じですよ!」と伝えたい。

若い世代の人には「自分のようになるなよ!」と伝えたい。

このレターで書いていきたいことのひとつです。

1972年に「新日本プロレス」が設立され、

その30年後の2002年には

札幌大会のリング上で「猪木問答」。

いわゆる「新日本プロレス暗黒時代」に突入する。

こんな感じで、それぞれの得意ジャンルで

「30年」を体感できるエポックを見つけられると思います。

ぜひ、その声をコメント欄や「ドカドンドン」へのメールで

お知らせください。

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